壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

彼方なる歌に耳を澄ませよ

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彼方なる歌に耳を澄ませよ アリステア・マクラウド
中野恵津子訳 新潮クレストブックス 2005年 2200円

スコットランドのハイランド地方から、カナダ東海岸ケープ・ブレトン島に移住した一族の物語です。いくつもの素晴らしいエピソードが積み重なって、一族の深いつながりのように美しくて力強い物語をつくっています。

18世紀末の「赤毛のキャラム」の六代後の子供たちは、今でも集まるとゲール語の唄を皆で歌い、共に渡った茶色い犬の子孫と島で暮しています。主人を追いかけて海を泳ぎ続けた犬の子孫は、海に落ちて亡くなった主人をいつまでも待ち続けました。

両親を海の事故で早くに亡くした双子の兄妹を育ててくれたのは、父方のおじいちゃんとおばあちゃんで、やはり一族の母方のおじいさんとは友達同士です。語り手は双子のうちの一人、小さな赤毛の男の子「ギラ・ベク・ルーア」で、カナダの名前はアレグザンダー・マクドナルド。今は島を出て歯医者をしていますが、トロントのアパートの一室で暮している長兄のキャラムに、毎週末、車で四時間かけて会いにいっています。

ケープ・ブレトン島(プリンス・エドワード島の隣の島)のロードマップを読みグーグルアースを眺め、浮かび上がる風景を楽しみながら、ゆっくりと読みました。また、この物語を読むに当たっては、訳者あとがきのスコットランドとカナダの歴史がとても役に立ちました。ネタバレなんていうことを考えなくてもいい、真っ当な物語ですから安心して、先にあとがきを読むことができます。

アリス・マンロー「林檎の木の下で」を読んだ時にこの本の存在を知りましたが、マンローの一族の物語とはずいぶん雰囲気が違うようなので、少し時間をあけて読みました。マンローの祖先もスコットランド(ただし、ローランド地方)からカナダ東海岸に移住したレイドロー一族の話でしたが、彼女の物語は読む時、のどに小骨が刺さるような部分があります。そこがいい所でもあるのですが。

クラウドの原題「No Great Mischief」に対して、マンローの第一話の原題が「No Advantages」ですし、船の上での死や出産など同じようなエピソードがあります。(マンローは充分に意識していたのでしょう。)それにしても正反対のように違った物語が出来上がるのですから、そこがまた面白いところです。

「彼方なる歌に耳を澄ませよ」は何度も読み返したいタイプの作品で、所有欲が出てしまいました。クレストブックスの作品は文庫にはならないのかな。マクラウドの短編「灰色の輝ける贈り物」「冬の犬」も読まずにいられませんね。