壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ヒューマン・ステイン

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ヒューマン・ステイン  フィリップ・ロス
上岡伸雄訳 集英社 2004年 2200円

71歳のユダヤアメリカ人コールマン・シルクは、学部長として辣腕をふるい、また教室で古典学を教えていました。ところが、黒人学生に対して人種差別発言を行ったと非難されて、大学を辞職せざるを得なくなりました。全くの濡れ衣であることは確かなのですが、その証拠を公表する事は出来ませんでした。彼の重大な秘密に関わる事だったからです。失意のうちに心労で妻が亡くなり、34歳の貧しくて無学なフォーニアと出会い互いに惹かれていきました。

アメリカ社会の縮図が、一人の男の生きかたを通して語られています。人種問題、家族の崩壊、ベトナム帰還兵、等々。現代アメリカの純文学はあまりなじみがないので、読み始めは一目瞭然の社会批判のように思い、辟易しました。ページがすべて字で埋まっているような、改行のない文章なので、最後まで読みきれないかと思いました。

でも第二章あたりから登場人物たちの過去や秘密が具体的に明らかになったあとのほうが、ずっと面白い。かなり読みにくい文章のはずなのに、ひきこまれて最後まで読みきりました。フォーニアが、人間に慣れて野生に戻れないカラスは「ヒューマン・ステイン(人間の穢れ)」をもってしまったと語る場面や、物語の語り手である作家ザッカーマンとコールマンの妹の会話はとても印象的です。

登場人物それぞれの心の動きが執拗なまでに詳しく描かれていて、アメリカの抱える問題が抽象的なものではなく、一人一人に関わる具体的な問題として迫ってきました。また、常にザッカーマンの視点で見ることによって、最後まで明確にならないコールマンの心情も事故の真相も、違和感なく受け取ることが出来ました。