壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

戦争の法

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戦争の法 佐藤亜紀
新潮社 1992年 1500円

1975年、N***県が日本から分離独立を宣言し、ソ連が駐留していた時代、家業の紡績工場は母親の経営する売春宿となり、父親は家を出て闇屋となってしまいます。中学生の「たかし」と親友の千秋は共に山に入ってゲリラに志願することになります。

そこで出会った伍長に気に入られた二人は訓練を受け実戦に参加し始めます。千秋は天才的なスナイパーであり、「たかし」はその頭の回転の速さを使ってなんとか戦争を生き延びました。戦争が終わった後も千秋はさらなる戦闘に身を投じて行きました。

「たかし」は大怪我をして収容所に入れられ、再教育を施されて大学卒業後には、闇屋の父親が稼いだ一億円でヨーロッパに遊学し、さらに故郷に帰って図書館司書として、図書館の本をすべて読みつくしながらも、ひっそりと暮らしています。

戦争という狂騒状態における人間の行動が、明らかな虚構の中に、現実感を持って感じられるのは、佐藤亜紀氏の記述の確かさゆえです。人々のそして自分自身のドタバタ騒ぎを、冷静に語るたかしのシニカルな語り口は、読み手の感情移入を排しているため、戦争の悲惨な側面すら一種お祭り騒ぎのようにもとらえられます。

戦争というイベントの終わった後に、そこから抜け出ることの難しさがまたもう一つのテーマなのでしょう。ヨーロッパを彷徨いながら行き所を見つけられなかった「たかし」は故郷で平凡な日常を送るのですが、心身ともに傷を抱えて生きていきます。「結局のところ、誰しも跛を引きながら歩くものなのだ。」

佐藤さんの最新作「ミノタウロス」にも戦争に巻き込まれた少年たちの生き方が描かれていますが、「戦争の法」の方が、悲痛さが少なく悲惨な場面にも滑稽さがあって、回想として書かれているために読みやすい文章です。面白かった!