壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

月と日の后  沖方 丁

月と日の后  沖方 丁

PHP研究所  図書館本

移動図書館の棚で見つけた本。平安時代藤原道長の娘として12歳で入内した彰子の、史実に沿った成長物語です。紫式部の登場はわずかですが、来年の大河ドラマの予習にピッタリじゃないですか。

父・道長に云われるままに入内し、夫・一条天皇の母で、彰子の伯母でもある詮子が物語る話から世の中を知る「望月の章」。亡き定子の子を養子とし、さらに自分の子を持つようになって自己を確立していく「初花の章」。夫・一条天皇の没後、父・道長を越えて一族の結束と宮廷の安寧に向かう「日輪の章」。面白く読みましたが、天皇家と藤原家の家系が絡まり合っていて、人物を把握するのに巻末の関係図が手放せませんでした。

彰子については、紫式部が女房として仕えた中宮という認識しかなくて、当時としてはきわめて長寿で、87歳で没するまで長らく宮廷政治にかかわっていたとは知りませんでした。息子二人、孫二人、曾孫までもが天皇として即位し、宮中での権力の中枢にいたようです。しかし、権力者という印象ではなく、宮廷や世の中の平安を願って、藤原家の内紛をうまく収めた思慮深い様子が描かれています。

彰子の物語以上に当時の宮中の様子が興味深くて、昔読んだ源氏物語(現代語訳)を思い出しました。仏教や陰陽道が国の政治を動かす平安時代は、まさに「古代」です。政の手段として祈祷や卦、法要が行われ、呪詛が大きな力を持っていました。疫病や天候・災害や火災までもが怪異・神仏の祟りとして考えられていた時代です。武力を伴わない権力争いでは、人気争いも一つの手段で、敵の悪い噂を流すために和歌や手紙を使っていたとか。今で言うところのSNSやメールのようなものでしょうか。

政治が乱れると直ちに内裏で火災が起きました。毎年のように内裏の何処かが焼失していました。しかし彰子は、火災は失火でも放火でも、人の心の乱れがもたらすものと認識していました。また人を恨むことによって、自らが病むという事も自覚していたようです。呪詛そのものに力があるのではなく、人を恨むこと、他人に呪詛されることがストレスをもたらし、病気の原因となるのでしょう。

87歳まで長生きした彰子ですが、二人の息子と孫、年下の兄弟姉妹に先立たれています。長生きは幸せとは限りません。適当な所で人生を卒業したいなと思いました。