壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ヨーロッパ帝国主義の謎

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ヨーロッパ帝国主義の謎 エコロジーから見た10~20世紀
Ecological Imperialism The Biological Expansion of Europe, 900-1900 
ルフレッド・W・クロスビー  Alfred W. Crosby 1986年
佐々木昭夫 訳 岩波書店 1998年 3800円

「史上最悪のインフルエンザ」を書いたクロスビーの本。あまり新しい本ではないのですが、世界歴史の知識がなくても、理解できるくらい丁寧に書いてあります。人類の歴史をエコロジー的要素(生物地理学、動植物学、進化論、疾病など)の観点から俯瞰する試みです。歴史学をこういう切り口で見ることで、興味がもてました。おもしろい内容です。

ヨーロッパ人がいかに、ネオ・ヨーロッパ(南北アメリカ大陸、オーストラレーシア)に移住し、また移住しなかった地域があったのか。ネオ・ヨーロッパの気候の類似がまず大きな要因であり、家畜や農耕作物を伴って移住でき、食糧の生産性を上げることができたからだというのです。家畜や農耕作物といった動植物ばかりでなく、病原体まで、いわば生態系をまるごと移住させてしまったことで、新世界の動植物を駆逐しました。

十字軍がイスラム世界を手に入れられなかったのは、生態系をまるごと持ち込めなかったためとしています。東地中海の人口稠密な地域にはマラリアがあったことも失敗の原因でした。

北太平洋アジア(日本 韓国 中国)がネオ・ヨーロッパにならなかった理由には簡単にしか言及されていませんが、強力な中央政府の伝統と強靭な諸制度、それに文化的自信を備えた稠密な人口のためであったといいます。穀物、家畜、微生物、病原体などはヨーロッパとそっくりで、東アジア人はさまざまの重要な点でヨーロッパ人とよく似ていて、技術的な面での遅れは単に時間が解決する問題であったという見解です。

西ヨーロッパの食糧生産性の高さがコムギに由来するなら、東アジアは米という生産性の高い穀物を手に入れていたというべきでしょうか。東アジアというより、東南アジアというべきかも知れません。

この本を図書館で探していたとき、梅棹忠夫の「文明の生態史観」に関する本を見つけました。1957年に発表された「文明の生態史観」では、日本と西ヨーロッパとの類似性に関する議論があります。日本と西ヨーロッパは生態学的に共通の状況にあって、別個に平行して、近代文明を育てることができたという考え方です。
西欧にはなかなか受け入れられなかったということで、英訳が出たのは今世紀に入ってかららしいです。
クロスビーの本では梅棹論文は、もちろん引用されていませんでした。言語の壁は厚いですね。

文明の生態史観はいま 梅棹忠夫編 中公叢書 2001年 1600円

文明の生態史観 梅棹忠夫 中公文庫 きちんと読んだ覚えがないのでそのうち再読します。

クロスビーの本に戻りますが、
大航海時代コロンブスたちが、偏西風や貿易風を利用した帆船航海法(ボルタ・ド・マール)により、新世界へ到達したこと、コロンブスやクックなどの船乗りをマリネイロという言葉を知りました。

雑草、動物、疫病を、移住者が必ずしも意図しないまま持ち込み、それが新世界を席巻していく様子が詳しく書かれています。新世界を侵食した旧世界の動植物が数多くあるが、反対に新世界の動植物が、旧世界で繁殖した例は極めて少ないそうです。

疫病も同様に、新世界に持ち込まれた天然痘結核など多数あったのに、反対に旧世界で広がった新世界の感染症は梅毒やフランベジアなど少数例で、それも人口動態に影響するほどでなかったといいます。この交換の不平等性が侵略者に圧倒的に有利に働いたのだそうです。
1950年代オーストラリアのアボリジニーから黄色ブドウ球菌が発見されなかったくらい、汚染されていなかったそうです。

”文明化した民族が、未開の民族をやすやすと征服する事実の裏には持ち込まれた疫病がある”ということを「マクニールの法則」というそうです。「ウイリアム・H・マクニール 疾病と世界史 佐々木昭夫訳 新潮社 1985年」を、市立図書館に予約しました。この本の存在は知っていたのですが、きちんと読んだことはなかったので、いい機会です。

史実の記録が残っているニュージーランドのネオ・ヨーロッパ化は、小さなエピソードも、目新しく読みました。B型の血液型を持たないマオリ族が疫病に高い感受性を持っていただろうこと、持ち込まれたクローバーが結実しなかったのは、花粉を運ぶ適当な昆虫がいなかったためであるとか(のちミツバチが持ち込まれた)。

新世界(南北アメリカとオーストレイシア)にはもともとヒトは存在せず、今はもう絶滅してしまった大型動物を頂点とする独特なエコシステムを持っていたはずであるが、狩猟採集民であるインディアンなど原住民がまず旧世界から到達し、大型動物はほとんど絶滅してしまったため、エコ ニッチが空いた状態になっていた。そこにヨーロッパ人が家畜を連れてやってきたため、多くの家畜が野生化して、新たなネオ・ヨーロッパ的生態系が出来上がったのではないか、という結論です。

感染症の方は、人口密度の高い旧世界で進化した病原体に対する免疫を新世界の原住民が持たなかったことと、遺伝的にあまり多様でないため、免疫システムの能力が異なっていた(要するに、MHCの多様性の幅が小さかったため、全滅に近い被害を受けた)ためだということです。

エコロジーから見た歴史学はこれからもっと重要になっていくでしょう。
地球環境が将来、変動する可能性が高いですから、人間社会がどのように適応していくのかという予言的な見方が重要でしょう。また、エマージングウイルスの問題のように、既存のエコシステムを破壊することにより、内なる世界から現れる病原体もあるのです。