マルグリット・ユルスナールの「黒の過程」を今読んでいる最中ですが、いくつかの年代を調べるために事典や年表代わりに開いた本です。十年前に刊行された全30巻の「世界の歴史」は購入したにもかかわらず、資料としてのみ利用していました。通読するなら第一巻からと思い込んでいたので、きっかけのないまま放置してありました。
この全集は巻毎に著者が異なり、場合によっては章毎に入れ替わるので通読するには向かないと、これもかってに思いこんでいたのです。要するに、「世界史」音痴の私は、この本を読まない理由を無意識に探していたのでした。世界史事典としてはイマイチでした。でも(この第十六巻に限っていえば、)読み始めて、とつぜん面白くなりました。まだまだ、たくさんの「読まず嫌い本」がありそうです。
「黒の過程」は一時中断して、読了しました。
この時代に登場する人物を、一人見開き2ページで紹介する、「インテルメッツォ(人びとの肖像)」という断章も、非常に手馴れた扱いです。ルネッサンスの胎動を、ハレー彗星の回帰周期と絡めて論ずるあたりから、この著者の語り口にはまってしまいました。たくさんの著書がある歴史学者のようです。
14世紀、ヨーロッパ全土を襲ったペストがもたらした死の恐怖からの再生(ルネッサンス)への渇望が根底にありました。ヘレニズム・ローマ文明を引き継いでいたビザンチンやイスラームから、多量の文化がイタリアに流れ込んで花開き、またヨーロッパ各地がイタリアに呼応する形で独自のルネッサンスを発展させました。
魔術的ルネッサンスとしての、占星術と錬金術。魔術というのは、この時代、自然の不可視の部分を観察して、改変を加えるという意味であり、「自然哲学」(今で言うところの「自然科学」)と言い換えても誤りではありません。ルネッサンスの時代、魔術と科学をはっきり区別する事はできませんでした。後世の結論を知った上で、後知恵として初めて区別できるのです。
ヨーロッパ近代科学の成立は、ルネッサンスそのものではなく、ルネッサンス以前に多量の知識の蓄積があり、またルネッサンス終焉後の17世紀(デカルトとニュートンの時代)に科学革命がおきたのだというとらえ方をするなら、マルグリット・ユルスナールの「黒の過程」で扱われている16世紀はまさに近代科学の胎動の時代だったわけです。