壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

神父と頭蓋骨 アミール・D・アクゼル

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神父と頭蓋骨 アミール・D・アクゼル
北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展
林大訳 早川書房 2010年 2200円 

敬虔なイエズス会の司祭であったピエール・テイヤール・ド・シャルダン(1881-1955)は、地質学・古生物学を研究する科学者でもありました。進化論者であったテイヤールは、聖書の物語の多くは比喩であり進化論と矛盾するものではないとして、独自の進化観を作り上げました。

しかしその事によってカトリック教会から異端視されて、母国フランスには居場所を与えられずに、中国に「流刑」されました。しかし精力的に、中央アジアの砂漠にまで調査の足を延ばし、命からがらの冒険旅行までやってのけます。1929年、北京原人の発掘調査に参加し、時代特定と石器の使用について重要な鑑定をすることになりました。

日本が中国に侵攻したのちもフランスに戻る事を許されず、北京に軟禁状態となって『現象としての人間』を書いてキリスト教的進化観をまとめ上げていきますが、カトリック教会からは出版を許可されずに、ニューヨークに客死しています。

科学者としては評価されながら、科学と宗教の間で葛藤して作り上げた思想は教会には最後まで理解してもらえず、しかしキリスト教者としての立場を最後まで貫いたテイヤールの人生は感慨深いものでした。


テイヤール・ド・シャルダンにとって、科学と宗教は二者択一の関係ではなかったのでしょう。幼い頃からの敬虔な信仰生活は母親の影響、子供の頃からの科学の才能と興味は父親譲りと、テイヤールの頭の中では宗教と科学は対立するものではなく、どちらも捨てる事はできなかった。その矛盾点を解消すべく「アウフヘーベン」したものが彼の進化観なのでしょうね。

テイヤールの思想は多分に神秘主義的ですね。地球上の生命の起源からヒトを含む哺乳類への進化を認めながら、ヒトにはさらに思考、認知、意識という人間独自の要素があって、ビオスフェア(生物圏)のさらに上に広がる思考と観念の領域であるヌースフェア(精神圏)がある、という概念を掲げています。さらに進化には究極の到達点「オメガ点」があって進化はそこに収束するらしいです。・・と、これだけでは何のことやらわかりません。

本書では、彼の思想については簡単な説明しかなくて、かなり物足りない思いでした。(ダーウィンや古人類学については説明がありましたが)。また、キリスト教会との対立の具体的な事例にはほとんど触れられていませんでした。そういう教会関係の文書は未だに秘密文書だからなのでしょう。引用されているのは彼の女友達とやりとりされた書簡が多くて、人当たりのいい男前の神父はモテモテだったそうで、女性芸術家との恋愛模様も描かれますが、でも最後まで貞潔だったらしい・・・なんていう世俗的な情報が結構多い。

北京原人の化石が行方不明になったいきさつについても、かなり詳細な説明がありました。戦火を避けるために梱包され、米国に避難させる途中に行方不明になったらしいのですが、中国に隠されたままなのか、日本が奪ったのか、米国にあるのか、捨てられた?海に沈んだ?ロシアにある?諸説紛々です。そのうちどこからかひょっこり出てくるのでしょうかね・・・