壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

月が昇らなかった夜に ダイ・シージエ

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月が昇らなかった夜に ダイ・シージエ
新島進訳 ハヤカワepiブックプラネット 2010年 1700円

フランス語で小説を書くダイ・シージエの長編小説第三作です。青春小説であった『バルザックと小さな中国のお針子』や喜劇的風味の『フロイトの弟子と旅する長いす』とはまた一味違った面白さでした。

フランス人留学生の「私」は文化大革命終結した1978年の北京で、仏教の聖遺物とも言える仏典の事を知りました。死語となった古代語で書かれたその仏典は歴代の皇帝の所有物でしたが、溥儀の手で遺棄されて以来わずかな断片が残されたままだというのです。トゥムシュクという数奇な出自の男と出会った「私」は、彼とその仏典を追って世界を放浪する事になります。

古代仏教の歴史、失われた古代言語、皇帝たちの秘密といった歴史ミステリーを背景に語られるのは、中国社会の文革後の混乱と変遷、東西の文化のかかわり。そしてさらに切ないまでの愛です。未知の言語を学び続ける「私」、見知らぬ土地で一人暮らしする「私」の心情は作者自身のものであるのでしょう。史実と幻想が混在したとらえどころのない物語は、シリアスな展開をみせながらも豊かなイメージを喚起させる不思議な魅力がありました。また半ページにも及ぶ極端な長文が多用されていて、長文好き(?)にはたまりません。そうそう、『小さな中国のお針子』の馬(マー)が再登場しますよ。