壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

読まず嫌い 千野帽子

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読まず嫌い 千野帽子
角川書店 2009年 1700円

千野帽子」という名前だけは知っていても、「ガーリー」なんていう物からいちばん遠い所にいるおばさんとしては、読まず嫌い。でも冒頭のこの文句↓があまりにツボにはいってつい吹き出し、図書館の新着コーナーから借りてきました。

私は筋金入りの読まず嫌いだった。宮澤賢治太宰治サリンジャー。詩歌なら石川啄木中原中也も、もう全部がアレルゲンだった。ごめんなさい先生。残していいですか。

いわゆる名作を読まず嫌いしていた著者が、それらと和解してきた記録だそうで、数々の名作と読み手とのかかわりについて書かれた、読書論です。独特かつ的確な比喩表現があって、妙に納得しました。私自身は未読の物が殆どでしたが、あらすじが(必要以上にネタバレだけど)詳しくて、なんとか議論についていけました。

最終章[12.読書 あるいは独房を出て、外の暗闇を歩くこと。]の趣旨には蒙を啓かれました。

いったん読書のおもしろさに目覚めると、その「おもしろさ」を求めて自分が好きなタイプの本ばかりを読み始める。でも自分の求める「おもしろさの理想形」ばかりを探して読書が消化試合のように硬直したものになってしまう。さらに、「おもしろさの理想形」から遠ざかった本は「壁本」になる。でもその「壁」にぶつかったのは本ではなくて、読者の方なのだ。四方を壁に囲まれた自作の独房から、勇気を出して外の暗闇を歩いてみよう。そうすれば、自分と世界との関係を知り、世界における自分の位置を知ることができる。その時の指針となるのが名作である。(要約なので不正確ですが)

勇気が出てきて、もっといろいろ読めちゃいそうです~。






↓meno備↓meno↓meno↓忘meno↓meno↓録meno↓meno↓meno↓

1.名作 読んだことはないけど、気になる。
有名な名作と「読んだつもり」。ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』で知った「屈辱」というゲームがまず紹介されており、名作は読まないでいることができるということ。(そういえば「屈辱」ゲームが出てくるデイヴィッド ロッジの『交換教授』は読んだ気になっていたけれど、未読のままですヮ。)『静かなドン』が埋もれてしまった理由とは・・(うーん、そうかな、長いだけじゃないの)・・

2.物語 度の強い「嘘つきメガネ」。
TVドラマの主人公はTVドラマを見ないけれど、物語の主人公は物語を読んで物語的空想に走る。『ボヴァリー夫人』も『更級日記』も『ノーサンガー・アベイ』も、ヒロインたちは物語を読んで「ロマンスメガネ」をかけてしまう。ところで、題に『夫人』がついたら、ほぼ間違いなく「人妻の貞操」をめぐる話だそうです。『O公爵夫人』『エマ二エル夫人』『真珠夫人』『武蔵野夫人』『チャタレイ夫人』『クレーヴの奥方』・・(なるほど!)

3.学校 麗しく理不尽な学園小説
男子校編。欧州エリート校はサブカルチャーの好餌。『トム・ブラウンの学校生活』『飛ぶ教室』『ロンゲスト・ジャーニー』『車輪の下』『春の調べ』『寄宿生テルレスの混乱』等少年小説に向けられるBL疑惑?女子校編は『世界小娘文學全集』にあるらしい。

4.恋愛 ロマンスは読むものか、するものか。
昼ドラのルーツは古代ギリシャにあった。恋愛物語のストーリーは永遠に変らない。精妙な心理描写を味わうなら、「恋愛」より「色仕掛け」や「打算」の方が面白い、『パミラ 淑徳の報い』。オースティンの小説は恋愛小説というより婿取り小説(婚活小説?)。多くの冒険型ロマンスよりもシュティフター『晩夏』のような静かなおつきあいの方がよっぽど過激だそうです。(読んでみようっと)

5.犯罪 『モルグ街の殺人』は本当に元祖ミステリなのか?
ネタバレ注意の章ですが、メインはジャンルの話。『モルグ街の殺人』が型破りなミステリとして書かれたわけではない。ポーが書いた頃にはミステリなんていうジャンルはなかったんだから。

6.恐怖 ホラーを論じて「心」の問題に及ぶ。
モーパッサンが書き換えた『オルラ』はモダニズムの流れに沿う。究極のリアリズムを求めて、視点が変わった。物語をF1レースのサーキットとすれば、例えばディケンズは全体を俯瞰するカメラ視点。でもモダニズムではジャン・アレジのマシンに積んだオンボードカメラ。ハンドルの向こうの前方の風景しか見えない。(わかり易い!)

7.歴史 世界がお前をこずきまわすなら。
ポストモダンナボコフ『青白い炎』、ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』、トゥルニエ『魔王』。大戦後の小説は歴史を誠実に小説化しようとすればするほど、旧来のリアリズムからはみ出していく。

8.ふたたび物語 読まれることで、世界は変る。
オデュッセイア』『千一夜物語』『パミラ』。語りが身を助ける物語の奇跡。

9.文学全集 意味の接着剤
児童文学に漂う「お子さんには山葵抜いときました」的な感じ。(納得!)日本独特のセット売り文学全集は高級そのものではなく、高級志向だった1960年代のヒット商品。廃れてしまった文学全集の今日的意味とは、図書館で廃棄されにくいこと、全巻通読による思いがけない出会い。

10.文庫本 身の丈一〇五ミリの、青春のお供。
文庫本の歴史が詳しくておもしろい。文庫本は文学全集の同じ年の弟。教養主義の「岩波文庫」の著者は故人。大衆文学の「春陽堂」。青春の「旺文社文庫」。
文庫本のサブカル化。「創元推理文庫」に「ハヤカワ文庫」。角川文庫は名作路線から路線変更。

11.好き嫌い 「わかる」と「おもしろい」。
小学校時代、筒井康隆『遠い座敷』の衝撃。(私もダントツに好きだけど読んだ時にはもう大人だったものね。)リアリズムや人生観を開陳するいわゆる文学臭の強い小説が「読まず嫌い」の始まり。アンソロジーは名作の案内人。名作と和解したきっかけは『ちくま文学の森』だった。