壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 カズオ・イシグロ

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夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 カズオ・イシグロ
土屋政雄 早川書房 2009年 1680円

何がどうという話でもないのに、しっとりと心に染入って懐かしさとかすかな痛みを呼び起こす五編の短編(「老歌手」「降っても晴れても」「モールバンヒルズ」「夜想曲」「チェリスト」)です。一見軽いタッチなので読みやすいけれど、可笑しくて哀しくてほろ苦く、そして美しいテイストは今までの長編のものと同様です。

学生時代の友人夫婦の家を訪ねた男がキッチンで犬のにおいを作ろうと奮闘する『降っても晴れても』のドタバタ風味。ベネチアのゴンドラの上で妻のために歌う往年の『老歌手』。
その妻は、『夜想曲』では、整形手術を受けた、売れないサックス吹きの隣室の患者として登場し、夜中にホテル内を探検するというシュールな味付けのコメディー。一流の教育を受けてはいるが売れない若い『チェリスト』が、自称「チェロの大家」の女に個人指導を受けた結果・・・ちょっと皮肉な話です。

もっとも印象深かったのは『モールバンヒルズ』。人生の黄昏時を迎えた音楽家夫婦は、美しい音楽に対する嗜好は同じでも、人生に対する価値観にかなりの齟齬があります。ポジティブ思考の夫、「人生は落胆の連続」だという妻。そういう二人を、音楽家を目指す若者の視点で描いています。

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私事ですが、今月の初めに、闘病中の夫を亡くしました。夫婦というのは、何十年連れ添ってもお互いの人生に対する価値観が一致しないことが多いのですが、それでも、それなりにうまく一緒に生きていけるものです。もう少し一緒にやっていきたかったと哀しくて、とても心残りです。葬儀を終えたばかりでこんなに大変で忙しい時なのに、やはり本を読まずにいられない私の、当分は情緒不安定な読書感想にお付き合いください。