壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

黒のトイフェル(上・下) フランク・シェッツィング

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黒のトイフェル(上・下) フランク・シェッツィング
北川和代訳 ハヤカワ文庫NV 2009年 各700円

「グルメ警部キュッパー」ではユーモアミステリ、「知られざる宇宙」でノンフィクション、「深海のYrr」では近未来SFと、多彩な作品のシェッツィングのデヴュー作は歴史冒険小説でした。原題「Tod und Teufel(死と悪魔)」から想像するよりずっと軽快な筆運びで、中世ドイツの都市ケルンの有様を生き生きと描き出しています。

1260年9月のこと、十数年前からケルン大聖堂が再建されつつある頃です。建築監督であるゲーアハルト・モラートが足場から黒い影によって突き落とされるのを、宿無しでこそ泥のヤコプが目撃しました。その話を聞いた友人たちが殺され、ヤコプ自身も黒い影のような人物に命を狙われます。知り合ったばかりの娘リヒモディスにその伯父ヤスパーを紹介され、司祭ヤスパーと共に事件の真相をさぐることになります。悪魔のような黒い影を背負った殺し屋のウルクハートとは何者なのか、貴族の結社は何をたくらんでいるのか。

ケルン大司教コンラート、大司教に恨みを持つ貴族たちの結社、手工業組合の親方という権力につながる人たちから、修道士、職人や商人といった市民、物乞いに娼婦、らい者やユダヤ人、救護院にいる元十字軍兵士など社会の底辺にいる人たちまで、それぞれの暮らしぶりが描かれています。

小さな教会の主席司祭ヤスパーは博識で、何も知らないヤコプに歴史や政治・宗教について折に付けて講義をするので、何も知らない読者(=私)にも歴史的な背景が分りやすく、簡単なドイツ中世史にもなっています。こそ泥だけの毎日を送っていたヤコプが「自分探し」を考えるようになるまでのビルドゥングスロマンの要素もあり、最後まで飽きさせませんでした。