壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

チェチェン やめられない戦争 アンナ・ポリトコフスカヤ

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「廃墟の上でダンス」で描かれたチェチェンの状況をもう少し詳しく知りたくて選んだのは、ロシア人ジャーナリスト:アンナ・ポリトコフスカヤの本です。ジャーナリストがチェチェンに入ることは難しく危険ですが、彼女は第二次チェチェン戦争のさなか首都のグローズヌイや村々に滞在し、実際に人々から話を聞き取っています。少し古い本ですが、チェチェンの事実を垣間見ることができます。

テロリスト掃討作戦の名の下に、連邦軍によって日常的に行われる、略奪、脅迫、誘拐はあまりにもひどく、村は破壊され、人々は暴行され殺害され続けていました。胸の悪くなる話ばかりです。イスラム武装勢力すら資金調達のため村人を襲います。これだけ痛めつけられれば、復讐という憎しみの連鎖がうまれるのはやむをえないと思うほどです。自分だけが生き延びることが優先され、人々の間に密告や裏切りが横行しているのも悲しい。

連邦軍イスラム過激派の対立などという単純なものでなく、チェチェンにおける勢力地図は複雑です。チェチェン人によるロシア寄りの行政府、山岳地帯に潜むいくつもの武装勢力チェチェン特有のイスラム信仰に基づく抵抗勢力、どこの国のものとも知れない組織犯罪集団とそれを手玉にとってチェチェンを混乱に陥れている連邦軍などなど、全体像は藪の中です。

実はチェチェンの混乱と無秩序こそ、戦争と石油という利権に群がるハゲタカたちに好都合なのです。軍事資金は私物化されてロシアの政治家や軍人・役人の懐に入り、チェチェンの油井やパイプラインから盗み出される石油は不法に取引されています。連邦軍すら巨大な窃盗団(というより強盗団)です。

チェチェンに派遣された軍人の中には帰国した後も暴力依存となって、モスクワでチェチェン人学生を襲いました。さらに、こういう状況を黙って見過ごしにしているロシア全体が病んでいると、著者は主張します。非人道的な考え方がはびこり、横領、サボタージュ、密告、裏切りが日常化する社会。もちろん良識あるロシア人もたくさんいるのですが、こういう人たちはロシアで懲罰的に冷遇されています。

軍事資金を私物化する大物政治家の実名を挙げて告発する著者のアンナ・ポリトコフスカヤも無事ではありませんでした。2002年のモスクワ劇場占拠事件でチェチェン武装勢力から仲介役を依頼されて人質釈放の交渉に当たった彼女は、2004年に飛行機内で毒を盛られ、2006年に暗殺(射殺)されました。

2002年に書かれた本ですから、チェチェンの状況は変化しているでしょうが、2004年に北オセチア共和国の学校人質事件があったのちには、もっとひどい掃討作戦がチェチェンで行われたことは想像に難くありません。「廃墟の上でダンス」のミラーナ・テルローヴァが怖れるように、チェチェンはこのままではもっと世界から見捨てられてしまいます。先日TVでロシアの新大統領就任式での軍事パレードを苦々しい思いで見ました。