壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

通訳 ディエゴ・マラーニ

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通訳 ディエゴ・マラーニ
橋本 勝雄訳 東京創元社 2008年 2300円

ジュネーヴの国際機関で通訳部門の責任者であったフェリックス・ベラミの破滅は、部下の通訳の解雇に同意する書類にサインしたときから始まった。その通訳の男は16ヶ国語を自在に操り会議で同時通訳を務めていたが、あるとき謎の言語をしゃべり始めたという。

「宇宙に共通の言語、蛇がアダムに話しかけたエデンの原初言語だ」と主張して通訳の男は姿を消したが、ベラミ自身もまたその原初言語に感染したかのように、言語障害と言語錯乱に陥った。ミュンヘンのバーヌンク博士の元で謎の言語治療を受けるが、やがて通訳の男の後を追って、ベラミはヨーロッパを彷徨う。

beckさんご紹介のこの本、ミステリとももSFともつかないような不思議な話です。言語をテーマにする奇抜なアイデアは、著者であるディエゴ・マラーニがEUの通訳翻訳官として働いた経験が生み出したもの。さらにマラーニは、自らが考案した「ユーロパント」という人工言語で小説を書いているそうです。

単一言語環境しか経験のない私にとっては、多言語主義をとるEUで二十を超える言語が使われている様子は見たこともないし、バベルの塔でという比喩さえ感覚的に理解できません。しかし、バーヌンク博士のクリニックの患者たちが1種のエグザイルであり、ヨーロッパの言語と国家と民族が複雑に絡み合った問題を暗示しているらしいことは、想像できます。

主人公のベラミが思いもよらず逃亡者となっていくあたりは、スパイ小説のような迫力があります。またなぜか爽快感のある結末は、未解決の謎がかえって余韻として残る味わいです。面白かった!