壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

田園の憂鬱―或いは病める薔薇 佐藤春夫

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田園の憂鬱―或いは病める薔薇 佐藤春夫
河出書房 グリーン版日本文学全集 18 昭和46年(1971年)430円

『未読だけど「懐かしの**」本』企画の第三弾は、「百年の誤読」で「ディストピアとなりのトトロ」と評された佐藤春夫の「田園の憂鬱」です。懐かしさのツボは、この「グリーン版日本文学全集」。これより前に出た「グリーン版世界文学全集」の方がもっと懐かしい。中学から高校にかけてずいぶん読みました。廉価でコンパクトが売りだっただけに、二段組で活字が小さく、今、老眼鏡をかけての読書はかなり辛い。

「田園の憂鬱」は「或いは病める薔薇」という副題を持っていて、メランコリーとかアンニュイといった言葉が似合う洒落た文章です。とはいえ田舎暮らしの話ですから起きる出来事は充分に泥臭い。話の筋はほとんどないようなものです。都会の生活に疲れた文筆家が田園生活を始め、薔薇を育てたりするのですがそれにも倦み疲れて、何もしないという悔恨が襲い、何も表現できないという焦燥にかられつつ幻覚を見たりするだけ。

夢ばかりか幻聴も、さらにはドッペルゲンガーや、不眠の中で幻視も現れるのですが、文章は頗る上手で、さすが詩人であると感心しきり。心象風景、というか妄想の描写は、一種独特のリズムがあって美しい。当時で言うところの神経衰弱の状態が亢進していく様子は迫力に満ちて、最後に、「おお、薔薇、汝病めり!」と連呼する。自分は病んでいないかのように。ホントは[自分=薔薇]なんでしょうね。

私小説のような身辺雑記にとどまらず、妄想全開の迫力があって、結構面白かった。「となりのトトロ」への連想は、主人公が田園に家を求めて住み始めるあたりのウキウキ感によるのでしょうか。長らく閉めてあった雨戸を開けるあたり・・ススワタリが出てきそうなトコロ。

ということで今回は「懐かしの全集」でしたが、そろそろ「懐かしの**」本のネタが尽きそうです。そして「百年の誤読」の影響下から脱出できそうです。