壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

バルタザールの遍歴

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バルタザールの遍歴 佐藤亜紀
文春文庫 2001年 600円

双子の物語には、心惹かれるものがあります。初めて読んだのはもちろんケストナーの「二人のロッテ」です。二人が入れ代ってそれぞれの生活を始めた時にどんなにドキドキしたか、半世紀たった今でも覚えています。最近読んだプリーストの「双生児」は眩暈を起こすような物語ですし、萩尾望都の「半神」はたった16ページなのに、あまりにも強烈な印象の作品でした。

バルタザールとメルヒオールもまた、並みの双子ではありません。二人で一つの肉体を共有するのですから。第一次大戦後のウィーンでハプスブルグ家傍系の公爵の跡取りであった彼(ら)は、退廃と乱痴気騒ぎの中で没落の道をたどり、流れ着いたのはお決まりの北アフリカで、最後には南米に旅立とうとしています。

私たち、または僕たちという一人称複数(たまに一人称単数が入るには、理由がある)で語る主人公を取巻くのは、個性的な人々です。従姉妹のマグダという唯一の理解者を悪ふざけで失ったことは彼らの痛恨事だったようです。つねに忠実な執事ロットマイヤーは、父親である公爵の秘密を守り続けました。

彼らの転落のきっかけとなった叔母の執拗さ、頭蓋骨を研究してナチの御用学者となったコンラート・シュトルツ、金髪のSS少尉エックハルトのチキンぶり、年若い義母ベルタルダとその兄アンドレアス・コルヴィッツの薄気味のわるさ。これらの人物を描く佐藤亜紀さんの筆は冴えわたっています。

さらなる筆の冴えで、二人で一つの肉体を共有する双子が単なる二重人格なんかではなく、本当に"非物質的に“二人存在するように思わせます。この先、二人は物質化してしまわないのか、どんな遍歴が続くのか、どんな風に転落していくのかとても気になります。

デビュー作だそうですが、この物語の中に、その先に書かれる作品の萌芽がぎっしり詰まっているような、とても楽しめる物語でした。残念なのは、佐藤亜紀さんの長編小説をこれで全部読み終わってしまったことだけです。珍しく購入して数週間寝かしておいたのですが、とうとう読んでしまいました。