壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

海に帰る日

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海に帰る日 ジョン・バンヴィル
村松繁 新潮クレストブックス 2007年 1900円

妻アンナを亡くして間もない美術史家のマックス・モーデンは、子どもの頃に住んでいた、海岸近くの下宿屋に滞在しています。そこは、かつて親しくしていたグレース一家との思い出の場所です。

あの夏の日クロエと双子の弟が姿を消した海辺で、少年の日の記憶と、死の床にあった妻との最後の日々の回想が、打ち寄せる波のように、大きな喪失感を伴って、幾度となくマックスの心に去来します。

伴侶を失い自分の老いを目前にして、死とどのように向き合うのか、「人生はそこから立ち去るための長い準備期間にすぎないのかもしれない」という言葉は、とても感慨深いものがあります。老いてから昔を思い出すことが多くなるのは、そんな準備の仕上げなのかもしれません。

筋立てのない、ほとんど心象風景のみからなる長編小説で、最後のちょっとした謎解きは、なくもがなとも思います。記憶と回想の織りなす心象風景の描写はとてもみごとです。本書の表紙で紹介されている賛辞は、熟練した文章家バンヴィルに対してであり、できることなら原書を味わいたいと思いました。