壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

霧に橋を架ける   キジ・ジョンスン

霧に橋を架ける   キジ・ジョンスン

三角和代 訳  創元SF文庫 電子書籍

表題作の「霧に橋を架ける」は、ストーリー性があって読みやすかった。

腐食性の霧が流れる巨大な川によって、帝国は分断されていた。吊り橋の設計責任者であるキット・マイネンは、帝国から派遣されてその町にやってきた。吊り橋を架ける工程の面白さもあるが、人間関係の面白さが際立っていた。橋を架けることが住民たちの生活や関係性を変えていく。二つの月がある世界で、川を流れる霧が半固体で腐食性があり、その中に得体のしれない生き物が棲んでいるという設定で、霧の正体が最後まで明かされない所が、幻想的な情景に似つかわしい。

 

その他10編、バラエティーに富んだ短編だが、根底にあるのは、わかり合えない他者たちとのコミュニケーションというテーマなのかもしれない。さらっと読んだだけでは掴みにくい作品が多く、メモっておかないと何を読んだか忘れてしまうので、以下覚書

「26モンキーズ、そして時の裂け目」 サーカスの猿たちの消失ショーは、トリックがない。本当に消えているからだ。戻ってきた猿たちが、どこに行っていたのかは想像の域を出ない。

「スパー」 不定形のエイリアンとのfirst contact は sexual contact だった。

「水の名前」 電話の向こうに聞こえる水音が何なのか、ハーラは想像する。そして彼女がまだ知らない未来へと続いている。

「噛みつき猫」 両親が不仲で、三歳のセアラはその気持ちを、誕生日に貰った保護猫(噛みつき猫)に重ねる。

シュレディンガーの娼館(キャットハウス)」 シュレディンガーの猫のもじりなので、不確定な世界。

「陳亭、死者の国」 老書生がやっとのことで得た任地は死者の国だった。妻を呼び寄せたのだが…。

「蜜蜂の川の流れる先で」 蜂蜜かと思ったら、蜜蜂だった。“乳と蜜の流れる場所”からの発想なのだろうか。リンナが愛犬を連れて蜜蜂の川の河口までを旅する幻想的な物語で、愛犬との別離が切ない。

「ストーリー・キット」 物語の題材としてのローマの叙事詩と、それを書く作家の苦悩と、さらにそれを観察している「わたし」の三重の構造がおもしろい。

「ポニー」 マイリトルポニーの世界にいる、かわいらしい少女たちの残酷さ。

「霧に橋を架ける」 表題作

「《変化》後のノース・パークで犬たちが進化させるトリックスターの物語」 ペットたち犬が言葉を理解してしゃべるように《変化》したら、どうなるのか。人間たちに嫌がられて追い出された犬たちに心を寄せるリンナの努力。

 

初めての作家の作品を読み始めるのに、少しばかり障壁を感じるようになったのは加齢のせいかもしれない。新しいものにすぐに飛びつけなくなった。SFは好きなはずなのに、自分の頭が固くなってきて、理解できるのだろうかとしり込みしがちだ。本書は2012年にヒューゴー賞ネビュラ賞をダブル受賞した作品を含む短編集。読みたいと思ってはいたが、高くて迷っていた。文庫化され、さらに半額セールで、読むきっかけができた。  (結局、値段か 笑)