壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

影を踏まれた女  岡本綺堂

影を踏まれた女  岡本綺堂

光文社文庫  Kindle Unlimited

先日読み終わった『影踏み』からの名前繋がりですが,内容的にはつながりはありません。子供の頃,影踏み遊びをした時に妙にドキドキした覚えがあります。影を踏まれるのがなんとなく嫌だったのかしらね。探すと,影踏みを題材にした怪談やホラーがたくさんありました。影はもう一人の自分。呪詛の意味合いもあるのでしょう。

とうにパブリック・ドメインに帰している岡本綺堂の作品が,昨年が生誕150年ということで,アンソロジーなどが多数出版されていました。『半七捕り物帳』は全部読んだつもりですが,怪談の方は読んだかどうか覚えがないので,読み放題の本を選びました。青空文庫でも読めるのですが,一冊に編集されている方が読みやすいと思います。

この本には『青蛙堂鬼談』の12作品と『近代異妖編』の3作品が入っていました。大勢が集まって順繰りに怪談を物語るという「百物語」の形式をとっています。何編か読んだ事があるようです。

若いうちに怖かったお化けや幽霊は,この歳になると,もうそんなには怖くありません。本当に怖いのは人間の悪意です。そういう意味で,岡本綺堂の怪談は,今どきのホラーと比べればそんなに怖くないのです。綺堂の描く怪異は,人知を超えた所にある理不尽な出来事のような気がします。誰かに深い恨みを持たれて命を奪われるという話は多くありません。

江戸や明治初期に限らず,日本全国や満州(たぶん綺堂の従軍記者の経験から)に材を取って,その時代の,その土地の情景が美しく描写されていて,とても読みやすい文章です。怪談とは言え,怪異の原因も結果もはっきりしない,因果応報が明らかにならないものがほとんどで,その力の抜けた感じが好きです。夏の夜に夜気にあたりながら読むより,冬の暖かい室内で読む方が,怪談は怖くありません。(本当を言うと,この歳になっても少しだけ怖いので。)