壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

三屋清左衛門残日録  藤沢周平

三屋清左衛門残日録  藤沢周平

文春文庫  電子書籍

リタイアしたシングルシニア男性の理想の暮らし?

北国のある藩で先代藩主の用人を務めていた三屋清左衛門は,藩主の代替わりをきっかけに家督を息子に譲り隠居した。在職中に功績があって国元に隠居部屋を建ててもらい悠々自適に暮らすはずだったが,その暮らしに言いようのない空白感をもち,気分が沈んでいた。しかし,友人の町奉行が持ち込む相談事にかかわるうちに,かつての誇りを取り戻していく。雪国の美しい風景と清左衛門の素直な心の内が丁寧に描かれ,読み応えのある物語。

舞台は江戸時代ですが,現代に通じるものがたくさんあります。清左衛門は五十代半ばのようですが,今でいえば六十代後半でしょう。清左衛門は隠居にあたって,国元の屋敷を取り上げられることもなく隠居所まで立ててもらった。つまり役宅をそのままつかわせてもらい,退職金もたくさんもらった。妻を亡くしてはいるが,同居の息子の嫁に身の回りの面倒を見てもらっている。退職して寂寥を覚えていたところに,古くからの友人に頼りにされた。さらに今の藩主の信頼を得て,藩政にかかわる重大事に自分の役割を見つけ,自己肯定感が高まった。美女に迫られる色っぽい場面もあり,料理屋でのおいしい食事もかかせない。若い頃の苦い経験もそれなりに心の中で消化し,驕ることなく控えめな品格のある生き方を保っていられる。時間のある時には好きな釣りをし,道場に通って剣をふるい,四書五経を読みに塾に通っている。

高齢者にとって大切な「きょういく(今日,行く)」と「きょうよう(今日,用)」があって,これが書かれた頃(1993年)には退職後の理想の暮らしだったかもしれませんが,年金暮らしが年々厳しくなる現在では,リタイアしたシングルシニア男性の夢物語になってしまいました。 

藤沢周平作品に対する既読感があるのは映画やテレビドラマのせいで,藤沢作品は初読みでした。もう少し何か読んでみましょうか。