壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

多摩川物語 ドリアン助川

多摩川物語 ドリアン助川

ポプラ文庫 電子書籍

多摩川沿いに住むごく普通の人々の,誰もがみんな抱えている鬱屈,悩みをそっと拾い上げて,ちょっとだけ救ってくれる,切なくて心温まる8つの連作短編です。わかりやすい言葉で繊細な感情が表現されて,気が付かないくらいにそっと優しく背中を押してくれるのです。抱えている問題が解決するわけではないけれど,気持ちが少しでも前向きになれば,明日からまた生きていけると思わせてくれました。

 

連作短編で主人公はそれぞれ別でも,他の話に登場人物としてちらっと出てきたりするのがうれしいのです。そして,なにより私がうれしかったのは,多摩川という場所です。舞台は府中や調布周辺でしょうか,昔,結婚するまで住んでいたのは隣接するK市などの多摩地区で,時代こそ違え昭和の雰囲気がまだ残っている物語に,懐かしさが止まりませんでした。両親が他界して実家がなくなり,家族親族も遠くにいて,今住んでいる静岡で一人余生を送る覚悟はできているつもりですが,それでも時々,寄る辺ない気持ちになることがあります。(もう六回目の年女なのにね。)そんな私の気持ちを癒してくれました。

 

農家に嫁いで黙々と働く雅代が開いた野菜の無人販売所に「黒猫のミーコ」が住みついた。古書店で働く洋平が古本を引き取りに行く家には「三姉妹」が住んでいた。五年生の克之は両親の不仲をだれにも言えないでいたが,親友のマル君と見たホタルの「明滅」が気持ちを変えてくれた。映画撮影所の小道具係の隆之は仕事上のトラブルで行き詰っていたが,仲間たちの「本番、スタート」に励まされた。中学二年の雅之は「台風のあとで」河川敷に住むバンさんと出会って,描いている絵にアドバイスを受けた。さびれてしまった大幸運食堂のオーナー継治が苦し紛れに作った「花丼」の起死回生。シングルファーザーとシングルマザーの二つの家族の出会いを描く「越冬」。一人暮らしの末に亡くなった母の部屋を片付ける良美が「月明かりの夜に」聞いた遺品のカセットテープ。巻末の詩にうっかり涙しました。