壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

刑事のまなざし/その鏡は嘘をつく/刑事の約束/刑事の怒り  薬丸岳

刑事のまなざし/その鏡は嘘をつく/刑事の約束/刑事の怒り  薬丸岳

刑事夏目信人シリーズ4冊 講談社文庫 Kindle Unlimited

昔見たTVドラマが好印象だった。主演俳優の顔以外,ドラマの詳細はすっかり忘れているので,読みたかった原作4巻を読み放題で一気読みした。扱う事件は現代的なものが多く,夏目の抱える事情が読者に少しずつ明らかになるなど,ストーリー展開に工夫があって飽きなかった。癒しを求めて読み始めたが,癒されないどころか重いものを持たされてしまった。

刑事のまなざし

30歳で少年鑑別所の法務官から警察官に転職した夏目信人は東池袋署の刑事となっている。転職のきっかけは夏目の幼い娘が通り魔に襲われて,何年も意識を失った状態になっていることだった。7編連作短編は少年犯罪に絡むものが多い。夏目は犯人を逮捕するのが最終目的ではなく,加害者,被害者や事件の関係者の心を救う事が最も重要な事と考えている。罪を償うことで犯人の心をも救えると信じたいのだろう。夏目の娘の事件は最後に一応の解決を見るが,その結末は明るくない。

その鏡は嘘をつく

シリーズ唯一の長編。暴行事件,自殺したエリート医師,予備校の講師など無関係と思われていた事柄が次々とつながっていく。始めのうち,志藤という検事,相棒となる女刑事の視点で語られて,夏目がなかなか本領を発揮しないという展開は面白いが,死んだエリート医師のしたことがあまりに不気味で,イヤな気分で読み終えた。大病院の跡継ぎとして生まれ,医者になることを余儀なくされた少年の苦しみが描かれる。今はもう個人病院の継承が親子間に限定される時代ではなくなっているのでは,とも思う。

刑事の約束

5編の連作短編。東池袋署の生活安全係の福地啓子は,強行犯係の刑事夏目と少年の強盗傷害事件を扱うことになった。夏目刑事は精彩を欠いているようで,定時帰宅してやる気が感じられないと福地はいらだつ。いつ夏目の実力に気が付くかという,水戸黄門の葵の御紋的な面白さがある。事件は,無戸籍児童,少年犯罪の裁かれ方と復讐,被疑者死亡の真実,認知症患者の傷害事件と社会派ミステリの題材ではあるが,夏目の解決方法は人情派に近い。表題作「刑事の約束」は第一巻『刑事のまなざし』の「オムライス」の後日談。夏目の娘の意識が戻った。

刑事の怒り

4編の連作短編。 夏目は東池袋署から錦糸署への異動が決まった。異動になる直前に,年金不正受給問題の真相を明らかにした。新しい職場で相棒となった女刑事とのかかわりの中で,レイプ被害者の苦しみ,外国人労働者,老人介護,医療過誤,意識のない患者の死など,答の出ない問題を扱っていく。表題作『刑事の怒り』には第一巻から引きずっている「オムライス」の前田裕馬のことも出てくる。母親にひどい仕打ちを受けて,自身も殺人を犯した者の心を救うことができるのか,娘の絵美のことも含めて,希望を持ち続けようとする夏目が描かれる。これで充分だろう,続編はもう望まない。いくら人気があっても,だらだら続くマンネリミステリに陥らなくてよかった。