禁忌 フェルディナント・フォン・シーラッハ
シーラッハを『犯罪』『罪悪』『コリーニ事件』と読んできたが,本書は絶対にネタバレしてはいけないタイプの小説だと感じた。でも面白くて一気読みし,とても印象深くて,何か書き留めておきたいと葛藤する。
緑,赤,青,白の四つの章の長さがひどくアンバランスである事にまず気が付く。
●全体200頁のうち緑の章は100頁もある。共感覚を持ち、写真家として大成功をおさめたゼバスティアンの生い立ちと心象風景が抑えた語り口で語られている。細部にわたる描写と,大きく抜け落ちているのではないかと思われる部分があって,読み進みにつれて不安な気持ちになってしまった。
●赤の章は10頁と短く,女性検察官ランダウの視点で語られる。刑事による取り調べの場面だけから,その事件の全体像をつかもうと想像力を必死で働かせなければならなかった。
●青の章は80頁ほど。ゼバスティアンの弁護を引き受けた刑事弁護士ビーグラーが登場する。彼の狷介な人物像が変化していく様子,緊迫した法廷場面で強要された自白を追及する様子,ゼバスティアンの謎めいた様子,そして事件の真相に翻弄されてしまった。
○白の章はたった2頁。こんな終わり方? 伏線は回収されず,事件の詳細も語られない。想像の余地があり過ぎて混乱するのだが,嫌な終わり方ではない。
あちこち連れまわされて最後に放り出された感じだが,それがまた面白いと思えた。事実とは何か,真実とは何か,揺らぐような感覚を味わわせてもらった。
法廷場面の強迫による自白をどうとらえるかにはシーラッハ自身の強い思いがにじみ出ているようだった。このテーマは次作『テロ』につながるような気がしている。短編集『刑罰』どもども,文庫になって安くなったら読もう。