壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

かわうそ堀怪談見習い  柴崎友香

かわうそ堀怪談見習い  柴崎友香

角川文庫 電子書籍

力の抜けた,いい感じの怪談。27の短い章からなる「脱力系怪談」(?)。聴き手を怖がらす意図がなく,語り手が淡々と事実を語り,出会った怖さすらそっとやり過ごしてしまう。語り手は恋愛小説家という肩書から逃げたくて怪談小説家を目指す作家,谷崎友希。故郷に戻って怪談のネタ探しをするうち,身の回りの違和感を拾い上げて奇妙な事を綴っていく。見知らぬ人からのメールやメッセージ,買っても元の古本屋に戻る本,何かを映すテレビ,足音。何の解決も与えられないまま話が進んでいく。語り手は幽霊を見たことがないというが,中学の同級生のたまみは,「それうそついてるで」という。この二人の過去には語り手が思い出したくない謎があるらしい。後半過ぎ,忘れていた記憶を取り戻した谷崎はさらに別の世界に踏み込んでいくようだ。

 

読み終えてもう一度読み返したくなるくらい気に入ってしまった。日常の風景の描写が上品で,その中にかすかな気配が混じってくる。語り手の「怖い」という感情を押し付けられないので気持ちよく読むことができる。幽霊を見るより,幽霊にみられる方がもっと怖いし,記憶の彼方にある,忘れているらしい「何か」っていうのが一番怖い。

そして,私には何よりも語り手の姿勢が受け入れやすい。

“感情が上がったり下がったりすることが,基本的に苦手だ。動揺したりはしゃいだりしてしまった日は,あとで必ず後悔する。規則正しく一日が送れると満足する。天気がよければ,十分だ。“

“人生の中でできれば避けて通りたいことの双璧がマラソンと登山であるこのわたしに…“

感情を動かされることとマラソンが苦手なのは若い頃からそうだったが,70歳過ぎてからは恋愛小説を読んでも怪談を読んでも,脳内物質の乱れることがほとんどなくなってしまった。感情を平坦に保つことが楽にできるようになったので,もう認知症レベルかもしれない。でも好奇心はまだ残っているから,残り少ない好奇心の趣くままに毎日本を読むのだよ。

 

ホラー系の小説を読み終わった後にKindleが薦めてきたのが本作。初めての作家さんだが,いい本を紹介してもらった。小野不由美残穢』の雰囲もあるが,あれのほうが怖かった。柴崎友香の他の小説も読んでみたい。やはり芥川賞受賞作かな。