壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

コリーニ事件  フェルディナント・フォン・シーラッハ

コリーニ事件  フェルディナント・フォン・シーラッハ

創元推理文庫  電子書籍

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短編集を二冊読んで,やっとシーラッハの第三作『コリーニ事件』にたどり着いた。長さから言えば長編というより中編だが,中身がずっしりと重い大作だった。 

新米弁護士のライネンが初めて引き受けた国選弁護の殺人事件の被害者が,実は家族のように親しかった高齢の人物だった。それを知って加害者であるイタリア人コリーニの弁護に葛藤するライネンが,弁護士としての覚悟を持って殺人の真の動機を明らかにしていく。感情を極力抑えたシーラッハの表現が見事だった。

80代の被害者は経済界の重鎮で60代の加害者は元労働者だから,戦時中に何らかの接点があったことは容易に想像がつくのだが, 明らかにされた真実はやはり驚くべきものだ。

ナチス戦争犯罪を扱う小説はいくつか読んだが,ドイツ人の側から書かれたものは少なかった。あとがきにあったようにシーラッハの祖父が戦争犯罪者であったという事実が作品に強く影響しているのだろう,被害者の孫でライネンの幼馴染でもあるヨハンの苦悩の言葉が印象に残った。また加害者であるコリーニは黙秘を続けていてその人物像はなかなか見えてこないのだが,唐突に終わった法廷劇の最後に残したライネン宛の手紙が,残忍な殺人を犯したコリーニの心情を物語り,その哀しみが深い感情を誘った。

 

訳者あとがきには,この小説がきっかけとなってナチス時代の犯罪の共犯の時効の問題が再検討されることになったとある。過去の戦争責任を封印しようとする国に生まれて恥じる所がある。

気を取り直して,映画『コリーニ事件』が原作とどう違うのか,記憶が新たなうちに見ておこう。