原野の館 ダフネ・デュ・モーリア
デュ・モーリアの初期の長編で今年,新訳版がでました。かつては『埋もれた青春』という題で邦訳され,ヒッチコックの『巌窟の野獣』として映画化された作品だそうです。
母を亡くして身寄りのないメアリーは,叔母を頼って原野に立つ荒れ果てた宿屋に向かった。叔母夫婦は付近の住民が誰も寄り付かない宿ジャマイカ・インで暮らしていた。昔は快活で美しかった叔母は見る影もなく老いさらばえて,粗暴で大男の夫に怯えていた。宿屋には宿泊客はなく,夜になるとならず者たちが集まって悪事を企てているらしい。メアリーはこのひどい状況から叔母を救い出そうと決心するのだが…
コーンウォールの荒れ果てた原野や登場人物の心情の描写にすぐに引き込まれました。ヒースの生える荒野はE・ブロンテ『嵐が丘』を彷彿させ,自立した強い女性として描かれる主人公メアリーはS・ブロンテ『ジェーン・エア』を思い起こさせました。さらに,メアリーの抑えきれない好奇心と冒険心が,サスペンスとアクション,ラブロマンスやゴシックミステリに展開していくので,手に汗握るという感じで,後半は特に一気読みをしました。
荒野の風景には幻想的な描写はありますが,現実を踏み越えた幻想小説的要素はありません。22-23歳のメアリーの向こう見ずな行動は,『いま見てはいけない』収録の「ボーダーライン」の主人公シーラを思い出させます。