壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記  澤田瞳子

与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記  澤田瞳子

光文社文庫  電子書籍

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夏のKindleキャンペーンにつられて買った本です。

東大寺毘盧舎那仏鋳造の労役の為,平城京に召集された近江国の二十一歳の真壁の視線で,造仏所の労働とその人間模様が細かに描かれています。中心人物は炊屋で働く炊男の宮麻呂で,数ある炊屋の中でも飛びぬけておいしい飯を作るので,大人気です。厳しい労働の毎日での愉みはなんといってもおいしいご飯,天平版“サラメシ”といった所でしょうか。奴婢たちにも分け隔てなく思いやりを示す宮麻呂の出自を不思議におもう真壁ですが,仲間との交流や上役との確執などを経験して成長していきます。故郷を遠く離れて一緒に働く仲間たちがお互いを尊重し合い,職場で起こる様々な問題を解決していく様子が,当時の生活や風習を交えて丁寧に描かれています。当時の人の名前も物珍しく仏教用語が多く漢字が多めですが,それがかえって早読みがしやすいです。

大陸から伝わった仏教が民衆にどのように捉えられていたのか,実践的に仏教を広めた行基のこと,当時の租庸調の労役のこと,大仏の鋳造の方法,など(たぶん)史実に基づいた背景がこの物語をよりリアルなものにしているのでしょう。宮麻呂の過去の罪に関する,最終章「鬼哭の花」で,臨終の床にいる行基の言葉が印象的でした。

「いいやよく聞け、宮麻呂。人は過ちを犯すがゆえに御仏を求め、その末に悟りを得る。釈尊釈尊であるが ゆえに、尊いのではない。もとは愚かなる人であったがゆえに、尊いのじゃ。ならば愚かなる手立てで人を救わんとしたおぬしが、尊からぬ道理があろうか。」

後世の親鸞の言葉(歎異抄)「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」に通じるものがある様に思います。

奈良時代の大仏建立の話を,小学生の頃に読んだ事があるのを思い出しました。国会図書館の書誌を調べると,ありました,これ,これ,これです! 懐かしいなあ~

『少年少女日本歴史全集 : 2 花さく奈良の都 : 飛鳥・奈良時代 和歌森太郎/尾崎士郎著 集英社 (1961年))

物語風の読み物で,奈良時代に日本で金が初めて産出してそれを大仏様に使ったという話が出ていたと思います。60年前のことなので多少記憶があいまいですので,奈良時代に日本で金が採れたのか調べてみると,ありました。これ,これ,これです!

天平の産金地,陸奥国小田郡の山[地質学雑誌 Vol. 114 (2008), No. 5 p.256-261] 

この論文には「陸奥国小田郡から金が産出された時の功労者として,古文書に宮麻呂 大麻呂 朱牟須売などの名前がある」と書かれていました。宮麻呂,大麻呂,朱牟須売(女)は登場人物の名前です!著者の澤田瞳子さんて奈良の仏教史の研究をなさっていた方なのね(Wiki)。奈良時代天然痘の流行を書いた『火定』が読みたくなりました。