壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

昨日がなければ明日もない  宮部みゆき

昨日がなければ明日もない  宮部みゆき

文春文庫 

f:id:retrospectively:20210808001919j:plain

希望荘』の続き,杉村三郎第5作目です 杉村三郎は相変わらず竹中家の大きな邸の一隅に探偵事務所を構えています。手付金は5000円ポッキリ。 本当にこんな安くていいんですか?というお客さんがたまにきます。 杉村三郎の人柄なのでしょう, 周りに杉村を助けてくれるたくさんの人がいます。 離婚して今は離れている娘の桃子とも skypeやメールでやりとりをすることができます。貧しいけどもやっと落ち着いた杉村のもとにとんでもない依頼が飛び込んできます。その依頼を片付けて何とか一段落ついたかと思うその先に,実はもっと暗い闇のようなものが潜んでいるのです。人間の悪意と心の闇を目の当たりにして杉村は呆然と立ち尽くすのです。変わらず読みやすい文章であっという間に読みきってしまいました。

 本の面白さを誰にも語ることができない今,ひとり妄想読書会を開催することにしました。読書会に参加したことが一度もありません。読書会の何かさえ知らないのですが,どうせ妄想です。ネタバレバレバレのとりとめのないおしゃべりをします。参加者は三人。全部,私ですけどね。【C】【Y】【M】は三原色(Cyan,Yellow,Magenta)。

【C】シアン(思案)は歳の割に青くて冷静さを装う仕切り屋ばあさん

【M】マゼンタは見かけの派手さとは対照的で気弱なネクラばあさん

【Y】イエローは黄色い声を上げがちの能天気なキャーキャーばあさん。

どれが主人格かって? 全人格はすなわち,三原色を混ぜると【BLACK】ですよ。

 

*****

【C】すごく暑いのに集まっていただきありがとうございます。飲み物はアイスコーヒーでいいかしら。氷とボトル置いておくので,あとはご自由にどうぞ。ええー,では読書会という名のおしゃべりを始めましょうか。みんな同じ本を読んだんだよね。どうでした? それぞれの短編について話す前に 全体の本の感想とか探偵さんへの感想とかそこから始めましょうか。

【Y】私,最初でいいかな。 杉村さんはいったいいくつになったのかなと思ってたら38歳なんだって,まだ若いのね。 八歳の娘の桃子ちゃんだっけ。もももこちゃんのことを思い出す度に涙ぐんじゃうんですよね。いい人だし優しいし涙もろいんだけど でも正義感もあるしね まあ普通にいい人だよね。テレビのドラマで,ほらほら,あの人がやってたじゃない,ええと,小泉進次郎だっけ。

【C】そうね。孝太郎だけど。あとがきにあったけれど,著者の宮部みゆきが杉村三郎っていうキャラクターを普通の人の延長として,普通の探偵を考え出したらしいです。まあ普通だけど探偵さんは全くの幸せな家庭人っていうわけにはいかない。やっぱりどっか欠けた所や,何て言うのか過去の不幸から来る寂しさ,哀しさや,毒を飲んだ事のある経験みたいなものが無いとやっぱり探偵としては 難しいかな。そういう経緯を探偵になる前の杉村について長編3つを書いた宮部さんはすごい。

【Y】だからね,『名もなき毒』のあとで 離婚しちゃったでしょ。あのあといったいどういう風になるんだろう,住むとこも職もなくして…と思って心配してたら,『希望荘』で何とか拾ってくれる人がいたおかげでやっと探偵になったんですよね。だけどまあ経済的には恵まれていないし,蠣殻からの依頼があってなんとか食いつないでいる,というところ…。

【C】でもこの第5作目でやっと少し依頼が増えて探偵業も軌道に乗ってきたのかもしれませんね。でも探偵業というより便利屋さん的な依頼だったりもするけれど。

【Y】手付金5000円の割に,この本に取り上げられている3つの事件は結構しんどい事件だったよね。一件でどれくらいの報酬をもらったんでしょう。日当プラス経費で手付金が5000円で,生活はできるのかな。依頼によってはたくさんもらえたりもするようだけど。あの事務所の賃貸料っていくらくらいなのか…

【C】ちょっと,ちょっと,そのお金のことはさて置いて,もう少しこの本について話そうよ,いちおう読書会なんだから。

【Y】はいそうでした,ごめんね。

【C】Mさん,ちょっとさっきからずっと黙ってるけど,なに?この本好きじゃなかった?

【M】うーん,読後感がすごく悪かったのよ。 どれも暗い事件だし,犯人っていうか,登場人物すごく嫌な人だし,いわゆるイヤミスっていうのよね。読んでて気持ちが萎えてしまったの。でも宮部さんの話の運びは面白くて逆らえないし,あのどうしようもない悪い人が殺されてホッとした自分に,罪悪感があった。人間の悪意という闇には触れたくもないけれど,やっぱり目を開いてみなければならないと思うし…。

【Y】Mちゃん!そんなに思い詰めないで。ただの小説だから! でもああいう悪い奴らが集まっているサークルは現実の社会にもあって,事件を起こしているよね。エリート大学生や医学部生とか…,あったよね。

【C】実際の性暴力事件では加害者がきちんと制裁を受けないままにされている現実があって,フィクションじゃないと書けない真実があるっていう気がするのよ。では3つの作品を一つずつ見ていきましょうか。まず絶対零度から。簡単にまとめると,「結婚した娘と連絡が取れなくなった…婿によると自殺未遂らしい…でも母親とは連絡を取りたくないと言っている…」とすごく心配している筥崎夫人が,警察でも弁護士でもなく,探偵に調査を依頼してきたところから始まります。婿の大学OBサークル内のトラブルらしいが,娘が監禁されているのか,自分の意志で身を隠しているのかわからない。杉村さんの調査と尽力で娘が帰ってきたところで,探偵としての業務は終わりました。でもこの後の展開がとんでもないのよね。Mさんの感想を聞きましょう。嫌な思いをしたのに申し訳ないけど。

【M】誠実で正義感の強い杉村は,探偵としてというより一人の人間として,行方不明になっている田巻康司を探すことにしたんだと思うけど,じわじわとひどい事実が明らかになって,予想したくはなかったけれどやっぱりそういうことが起こってしまった。ああいう男たちは死んで当然だと思う一方…(涙) 行方の分からなかった筥崎夫人の娘をどんなふうにとらえたらいいかわからなくて…

【Y】私は当然の報いだと思うよ。

【C】宮部さんの毒はいつも強烈だね。でも小説全体として何か救いがあるとしたら,杉村という人間味のある探偵の目を通して語られる話だからかもしれない。でも杉村は事件を防ぐことはできないのね。次に行きましょうか。Yさん,「華燭」はどうだった?

【Y】3つのうち,これは悪意の少ないユーモアのある話だと思うよ。豪華な結婚式場の隣り合った会場でトラブルがおこるんだけど,なんで杉村さんが赤の他人の結婚式に居るかっていうと,竹中夫人に運転手を頼まれたからで,でもほんとは加奈ちゃんという中三の女の子の付き添いで,加奈ちゃんの従姉の静香さんの結婚式なんだけど,加奈ちゃんのお母さんの小崎佐貴子さんが,妹で静香さんのお母さんの左江子さんと絶縁状態で,ええと…なんだっけ?

【M】Yちゃん,そんなに詳しくなくても大丈夫よ,みんな読んでるから。2つの結婚式が両方とも破談になりそうで,静香さんの方は新郎の元カノが押しかけてとんでもないことが起こっているし,もう一つの方は花嫁が逃げ出しているのよね。でもどうにかこうにか収まってこれで終わりかと思ったら,その先が重要だったのよ。

【Y】そうそう,そうだった。静香って子は大した子だよね。自分の思いと,母親のわだかまりと,他人のトラブルを一気に処理したんだから。

【C】そうそう,こんなにうまくいくの?っていう気はするけれど,宮部さんの描写の力がすごくて,つい納得してしまうよね。 次の「昨日がなければ明日もない」は手ごわかったね。あれだけ自分勝手なふるまいをして,自分の子供でさえ自分の欲の道具にしてしまう美姫をどんなふうにとらえたらいいのか,理解しがたいものがあるね。『名もなき毒』のあの女は,名前を忘れたけれど,あれを思い出してしまう。

【Y】美姫に振り回されるのは,子供ばかりでなく周囲の人みんなでしょ。実際に出会ったことはないけれど,居そうな気がしてきたのよね。私だったらサッサと逃げ出して,無視するけど,優しくて気の弱い元夫の鵜野一哉はかわいそうだよね。自分の息子の竜聖だけじゃなく,連れ子の漣のことも不憫に思っているよ。

【M】そうそう,鵜野さんが自分のことを愚かだと嘆くと,杉村さんが鵜野さんに向かって「いえ,優しんですよ」というんだけど,“優しさは,しばしば人に目隠しをする” って探偵さんは自戒してるのね。優しさって難しい…。

【C】ねえ,この話って,第一話の「絶亭零度」と同じようなパターンが見えるんだけどどうかな。自分のことしか考えていない人間が悪意を持って他人を傷つけているでしょ。その悪意によって傷つけられ人生を壊されてしまった人が切羽詰まって殺人を犯す。高根沢と田巻,美姫と妹の三恵という関係がよく似ているんじゃない?

【M】でも,高根沢と美紀を同列に語ることはできないような気がするの。高根沢は裕福な家庭に生まれて大学を卒業し大手広告代理店に就職している。でも美姫は16歳で娘の漣を生み,高校中退で男にすがる様に生きていく道しか選べなかった。美姫は孤立無援だったんじゃないかって思う。

【C】そうだね,最後,それに漣はこの先どうするんだろう,もちろん三恵だってどうしたらいいんだろうって,杉村さんと一緒に立ちすくんでしまうよね。

【Y】でも,探偵さんを取り巻く竹中家の人々の善意や,立科吾郎警部補の登場で,次作も期待しちゃう! 竹中家の嫁一号,嫁二号,とかすごく面白いし,警察官と個人的に知り合いなら,探偵業も発展するんじゃないの?

【C】日本の私立探偵だと制度的に難しいような気がするけど,

【M】Cさん! これは,小説だからそんなことは心配しなくていいのよ。

【C】そうだよね。つい本気になっちゃって。そろそろ,おやつにしようか! Mさんはぼた餅を作って持ってきてくれたんだよね。ありがとう。Yさんのお土産の中身は何かな。

【Y】マリトッツォよ。コンビニスイーツだけど。

【M】うれしい

【C】流行りものだね,一度食べたかった! スイカが冷えてるからそれも一緒に。

 🍰 🍉 🍹

【M】こんなに食べて大丈夫かしら,夕飯食べられない。

【Y】夕飯は無しにするのよ。

【C】みんな独り者だから気楽でいいよね。杉村三郎の六冊目が出たら,また読書会しようね。