壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

マーロー殺人クラブ  ロバート・ソログッド

マーロー殺人クラブ  ロバート・ソログッド

高山祥子訳 アストラハウス  図書館本

英国コージーミステリでは、探偵が老婦人であることが定番なのだ。テムズ河畔のマーローに住む77歳のジュディスは、頭脳も体力もなかなかのもの。ある夜、自宅前のテムズ川で泳いでいて、対岸の隣家で発砲と人の声を聞いた。ここから老婦人探偵による、典型的なコージーミステリが始まる。

  • 老人が警察に通報しても、殺人であるという主張を全く信じてもらえない。
  • 自分で捜査を始め死体を発見するが、ハンドバッグにはいつも缶に入ったアメを持っている。
  • 第六感で早々と犯人を特定し、犯人に会いに行ってしまうなど無謀な行動をとる。
  • 盗み聞きや覗き見はお手の物。
  • 自殺説を振りかざす警察を諦め、生来の詮索好きな同志を集める。
  • ビスケットとお茶を飲み、ウイスキーも嗜みながら、だんだんと信頼関係を作っていく。
  • ばあさん、おばさん取り混ぜて、トリオで推理をめぐらすうちに第二の殺人が起きる。
  • 平和な町の警察は人出が足りず、責任者である女性の巡査部長はジュディス達に協力を求める。
  • ミステリとしてはありきたりな真相だが、ジュディス一人で犯人と対峙する羽目になり、ハラハラドキドキの展開。
  • そして、ジュディスには過去に大きな秘密があるらしい。

というわけで、とても面白かった。老人探偵の場合、男性だと安楽椅子探偵で、女性だと行動派のアクション系になるようだ。

ロンドンとオックスフォードの真ん中あたりにあるマーローの町をストリートヴューで見た。素敵な町並みで、川幅は結構広く、老婦人が夜にそれも全裸で泳ぐという設定が・・・

十三の物語 スティーヴン・ミルハウザー

十三の物語 スティーヴン・ミルハウザー

柴田元幸訳   白水社  図書館本

読み逃していたミスハウザーの2008年の短編集。ミルハウザーを読むたびに、その濃密な世界に驚き、沼に足を取られて引きずり込まれる。奇想天外な幻想の世界を描き続けるという意味では“ぶれない”が、奇想は常に新鮮だ。

精緻に過剰に、微に入り細に入って語り尽くされる日常が、何かの衝動に動かされ、現実を突き抜けて留まるところを知らずに進行していく。緻密さと冗長さに不安になりながら、あり得ないような結末にたどり着いたときに、もう一つ先にある世界が見えてくる。疲れ果てたその先に、奇妙な解放感がある。

ミルハウザーをたくさん読んだような気がしていたが、短編集を四冊読んだきりだった(『ナイフ投げ師』『バーナム博物館』『ホーム・ラン』『夜の声』)。読むのに気力と視力が欠かせないので少々疲れてしまった。現在で残り8冊。あとどれくらい読めるだろうか。

 

明日、図書館に返却する前にメモっておこう。4つのテーマがあって分かりやすかった。

◎オープニング漫画 

猫と鼠」 ご存じ『トムとジェリー』だが、思索的にさえ思えるドタバタ。言葉にしてみると、残酷なんだね。

◎消滅芸

イレーン・コールマンの失踪」 高校で一緒だったはずのイレーンをよく思い出せない。彼女を見もしない、思い出しもしない私たちは失踪の共謀者なのか。罪悪感が漂う。

屋根裏部屋」 友人の妹に暗闇の屋根裏部屋で出会うが、実在するのだろうか。青春の壊れやすさが切ない。

危険な笑い」 ティーンエイジャーの間で流行っている〈笑いパーティ〉が過激になり、とうとう犠牲が出た。

ある症状の履歴」 言葉に対する疑いを持ち始めた男は、言語的思考を抹消していく。しゃべらず、言葉を聞かなくなる。そりゃー、奥さん怒るわ。

◎ありえない建築

ザ・ドーム」 一軒の家の周りにドームができて、快適そうだ。ドームの建設は拡大していく。最後は地球全体に?  テラフォーミング

ハラド四世の治世に」 細密細工師の作る調度品はどんどん小型化していく。王に禁止されても、細密化への渇望に止めどがない。もう誰にも見えない…。

もうひとつの町」 わが町の森の向こうにある瓜二つの町は、誰も住んでいないが、細部に至るまでわが町とそっくりに維持されている。憧れちゃう。

」 世代を超えて、高く高く建築され続ける塔の栄枯盛衰。人々の塔への憧れと嫌悪はどこに向かうのか。

◎異端の歴史

ここ歴史協会で」 町の歴史のすべてを記録し、コレクションする博物館。ラクタさえも例外ではない。

流行の変化」 女性ファッションの流行を語る。奇怪に過剰に流行が変化して、また忘れ去られる。これって、現実じゃないの。

映画の先駆者」 視覚の残像を応用するのでもなく、幻灯機を用いるのでもない。それ以外の方法により映画を作り出した男の伝記。描いた絵画が動き出す。動く絵に対する執念は、昨今の映像技術につながっているようだ。

ウェストオレンジの魔術師」 発明王=魔術師の助手の手記。五感を再現する技術のうち、キネトスコープ(視覚)、フォノグラフ(聴覚)に続く、ハプトグラフ(触覚)を作り出そうとする顛末。その先にガストログラフ(味覚)、オドロスコープ(嗅覚)があるらしい。  作れるかも

何があってもおかしくない  エリザベス・ストラウト

何があってもおかしくない  エリザベス・ストラウト

小川高義訳  早川書房   図書館本

私の名前はルーシー・バートン』で、ルーシーと母親の会話の中に断片的に出てきた人々が、たくさん登場する。本作の導入として『ルーシー・バートン』が書かれたのかと思うくらいだった。名前は覚えていなくても、「この人知ってる!」と思い当たる。キャラクターが印象的だったのだろう、確かめたくて『ルーシー・バートン』(電子書籍)を読み返してみたり人名を検索してみたりで、少し忙しい読書になったので再読したいと思う。

ルーシーの生まれ故郷である、アメリカ中西部のアムギャッシュという田舎町が主な舞台。何もないような貧しい土地で今も暮らす人々、成功を目指して都会へ出ていく人々の物語が9編。それぞれの人物に焦点があてられるが、狭い町なのでいろいろな人物があちこちにひょっこり顔を出す。視点となる人物が変わるたびに、断片的に語られる人物の印象が次第に明らかになってくる所が面白い。

のどかな田舎町のような風景の中で、人々は重苦しい記憶を抱えている。貧困、ネグレクト、家族、性的問題、戦争体験等に苦しんでいるが、日常生活の中にふと救われる瞬間がある。厚い雲から一すじの光が差すような気持にさせられたが、その光もすぐに消える。

意味の分からない絵を何枚も重ねているうちに、はっきりとした図柄が見えてくる。しかし、もっと重ねていくとわけがわからなくなる。いろんなものが見えてきたり、見えなくなったり、分かったと思ったものが分からなくなったりする。人生もさまざまで、何があってもおかしくない

 

 

図書館本なので、視点人物をメモっておく。

標識」トミー・ガプティルは所有していた酪農場を火事で失い、公立校で用務員の仕事を得た。♪家に居場所が無くて学校に居残りしていたルーシーに親切にしてくれた人だ! 実家に一人暮らしの兄ピートを気にかけている。

風車」パティ・ナイスリーは高校で進路指導をしている。ルーシーの姪ライラを面接する。パティはナイスリーの三姉妹。

ひび割れ」リンダ・ピーターソン=コーネルはパティの姉で、シカゴ近郊で裕福に暮らす。家に女流写真家を泊めることになった。

親指の衝撃論」マリリンと結婚したチャーリー・マコーリーは、辛い戦争体験に苦しんでいる。

ミシシッピ・メアリ」末っ子のアンジェリーナは、イタリアに住む年老いた母親に会いに行った。母メアリは昔、五人姉妹を捨てたのだった。

」ずっと疎遠だった実家を訪れたルーシー。兄パティと姉ヴィッキーと会う。

ティーの宿屋」ドティーは、ルーシーの母親の従姉妹の娘で、エイベル・ブレインの妹。B&Bを経営していて、客から女優アニー・アプルビイの話をきく。

雪で見えない」アニー・アプルビイは久しぶりに故郷のメイン州に帰り、家族の秘密を知ってしまう。

贈りもの」エイベル・ブレインは事業に成功して裕福に暮らしている。孫の失くしたオモチャをとりに、クリスマスの劇場に戻ったが・・・・あーあ。

潜水鐘に乗って  ルーシー・ウッド

潜水鐘に乗って  ルーシー・ウッド

木下淳子訳   東京創元社   図書館本

コーンウォールは神話や民間伝承の豊かなケルトの土地だそうだ。古代から棲む精霊や巨人、人魚などが、現代のコーンウォールの人々の日常生活と交差している。人々の物語は現実のリアルな感情の上に描かれている。孤独、不安、病魔、カップルの齟齬、家族との行き違いなど。そこに霊的なものが紛れ込んで、温かいユーモアのある味わい深い物語になっているように思った。伝承を知らないのではっきりととらえる事の出来ない話もあるが、想像をめぐらす余地はいくらでもある。

 

不思議過ぎて、あらすじは書けないのでメモだけ。原題の方が内容に沿っているものがある。

「潜水鐘に乗って」Diving Belles
  48年前に海で消息を絶った夫を探しに潜水鐘に乗ったアイリスが、海底で出会ったものは…。

「石の乙女たち」Countless Stones
  身体が石化する予感に、家の整理をして準備したいリタ。でもダニーは新しい家に引っ越したい。

「緑のこびと」Of Mothers and Little People
  一人暮らしの母親の家に帰ってきた娘。出ていった父親は新しい相手を連れてきたが、母親は動じない。

「窓辺の灯り」Lights in Other People’s Houses
  マディとラッセルの家に難破船荒らしの男が住みついた。昔の思い出を捨てられないマディ。

カササギ」Magpies
  男が昔の恋人に会ってきた夜、カササギは何かを囁く。

「巨人の墓場」The Giant’s Boneyard
  まだ小柄な少年の亡き父は巨人だった。成長に揺れ動く少年の心が描かれる。

「浜辺にて」Beachcombing
  家を出て海岸の洞窟で一人暮らす祖母と、少年の物語。海岸で打ち上げられた漂流物を探すことを、ビーチコーミングという。

「精霊たちの家」Notes from the House Spirits
  精霊たちはずっと長い間、家を見守っている、入れ替わる居住者たちを見つめて。

「願いがかなう木」The Wishing Tree
  母ジューンと娘テッサの関係が変化する過程が興味深い。

「ミセス・ティボリ」Blue Moon
  老人ホーム〈ブルームーン〉には、他の施設に入所できないような高齢者がいる。魔女だって歳をとる。いや歳をとって魔女になったのか。

「魔犬(ウィシット)」Wisht 
  父親と暮らす少女。彼女は大きな花崗岩の荒野に魔犬の遠吠えを聞いた。

語り部(ドロール・テラー)の物語」Some Drolls Are Like That and Some Are Like This
  観光客相手に昔の話を思い出せない語り部。でも海岸や鉱山跡をめぐるうちに、物語を取り戻していく。

 

コーンウォールと言えば、デュ・モーリアの小説(『原野の館』『レイチェル』など)を思い出す。ケイト・モートンの『湖畔荘』もここが舞台だった。ミステリアスな場所なのだろう、隣のデボンにあるダートムーアには『バスカヴィル家の犬』もいる。

大仏ホテルの幽霊  カン・ファギル

大仏ホテルの幽霊  カン・ファギル

小山内園子訳 白水社エクス・リブリス  図書館本

《韓国社会の〝恨〟を描くゴシックスリラー》だという。出版されたばかりだからネタバレなしでいきたい。

 

三部構成の枠部分(第一部)は、怨恨のようなものにとり憑かれて小説を書くことができなくなった作家の独白から始まる。

中味の第二部がゴシックスリラーで、作家の友人が祖母から聞いた物語を、ある若い女性を視点に据えて語り直したものだ。仁川にあったという大仏ホテルでの出来事は、韓国の戦後史を重く抱え込んでいる。哀しみや悪意や恨みに縁どられた史実と虚構が入り乱れ、語り手も登場人物も信用できない。スリラーは面白く、ミステリ要素は一応の解決を見ているが、納得はいかない。

現在の作家の独白に戻った後枠の第三部で、作家の感情が変化してきたことに、何か納得できるものがあった。

 

第二部で出てくるアメリカの女性作家の『The Haunting of Hill House』(丘の屋敷)は、本書の題名『The Haunting of Daebul Hotel』に重なる。『丘の屋敷』は未読なのが残念だった。もう一つ取り上げられる『Wuthering Heights』(嵐が丘)も、50年以上前の記憶によれば、怨恨と復讐と愛の物語だったように思う。

 

第二部の語り手ヨンヒョンは朝鮮戦争で蹂躙された月尾島(ウォルミド)の出身だ。朝鮮戦争で半島全土が戦場となり多くの民間人が犠牲になったことを詳しくは知らない。学校で習った歴史で朝鮮戦争による戦争特需で日本経済が上向いたと聞いたが、隣国の戦争で儲かるというのがなんだかひどい話だ、と昔思った。ちゃんと本を読もう。

ああ、ウィリアム!  エリザベス・ストラウト

ああ、ウィリアム!  エリザベス・ストラウト

小川高義訳 早川書房   図書館本

作家であるルーシー・バートンは二番目の夫を亡くしたが、前夫ウィリアムとの友人関係はそのままだ。ウィリアムの亡き母キャサリンの秘密を知ったウィリアムは、母の故郷であるメイン州へ同行することをルーシーに頼む。ルーシーの現在と過去の回想は、子供時代の貧困のなかでの母親との関係、義母キャサリンとの思い出、離婚、結婚、娘たちとの関係などを行ったり来たりする。どのエピソードも印象的で、会話文のような平易な文章で描かれる人物像が巧みなので、たくさん欠点を持っているごく普通の人びとに対する愛おしさが湧き上がってくる。

さらに、作中でルーシーが書いた回想録が、エリザベス・ストラウトの『ルーシー・バートン』と重なってきて、不思議な感じにおそわれる。自伝的小説なのか、メタフィクションなのか、どちらでもないのか、少々混乱する。

本書は『私の名前はルーシー・バートン』の続編と思っていたら、『何があってもおかしくない』を読み飛ばしていた。しかし、ストラウトの物語は過去と現在を縦横無尽に行き来して断片的に語られるので、順番にはこだわらないでおこう。

訳者のあとがきによれば、コロナ下の続編(Lucy by the Sea)があるらしい。さらに、Amazonで探すと夏に出版される予定の本(原書Tell Me Everything)では、ルーシーがバージェス家オリーヴ・キタリッジと邂逅を果たすらしい。すごく楽しみ! 小川さんお願いします。

人間の彼方  ユーリ・ツェー

人間の彼方  ユーリ・ツェー

酒寄進一訳 東宣出版   図書館本

ロックダウン下のドイツでベストセラーになった小説。コロナは背景であり、書かれているのは人間そのものです。日常が姿を変えたときに人間の本質があぶりだされていくというのが,パンデミック小説の醍醐味なのかもしれません。

日本でコロナが始まったころを思い出しました。クルーズ船の乗客が隔離を破ってスポーツジムに行ったとか、世間がピリピリしていた時期がありました。ドイツではどうだったのか、コロナでの社会情勢が機知に富んでいて面白く描写されています。そしてそれ以上に人間の弱さと強さが巧みに表現されていてます。コロナがなかったら気が付かなかったかもしれない、他者に対する思い込みや偏見、そして他者をそのまま受け入れる事の難しさと素晴らしさの両方に気付かせてくれました。

 

広告業界で働くドーラは三十六歳。飼い犬を連れて、ベルリンから田舎に引っ越した。以前から環境問題にのめり込んでいたパートナーがコロナを機に一層先鋭化して、その「正しさ」に耐えきれなくなったからだった。でも思いつきで引っ越してきたので大きな古い家には家具もなく、庭は荒れ果てている。交通の便は最悪で、車も自転車もない。隣人ゴートはスキンヘッドのマッチョで自称〈田舎のナチ〉だという。右翼政党のポスターもある。村にはゲイのカップル、人種差別の冗談ばかり言う男など、ドーラが今まで会ったことも会いたくもなかった人たちがいて、ドーラの田園生活を脅かしてくる。でも、彼らはなぜか親切なのだった。ある出来事をきっかけに、ドーラはゴートとの距離を縮め、相いれなかったはずの人々との交流が始まった。

 

ドーラの生活は一変し、それまで疎遠だった父親の関係も変わっていきます。哀しいけれど余韻の残る最後です。ドーラはこの先もこの田舎で暮らしていこうと決意したようです。